世界を深く読み解き、表現する。ダン・ミッチェルが「ドラマティックアーティスト」を名乗る理由

ダン・ミッチェル ドラマティックアーティスト

肩書きを一つに絞ることを、彼は好まない。

Dan塾の講師として数学を教え、株式会社ドラマティックフロンティアの代表取締役として映画を撮り、音楽を作る。しかしダン・ミッチェル氏にとって、それらは別々の仕事ではない。

ダン様

根っこは一つです

世の中の現象を深く認知し、解釈し、どの形式で出力するかが違うだけだ。という世界観から、すべての活動は生まれている。灘中学・灘高校を卒業し、宝塚で育った青年は、いつしか「ドラマティックアーティスト」という自分だけの肩書きを作った。

既存のラベルでは表現しきれない自分を、どう世界に届けるか。その問いと向き合い続けてきた人物へのインタビューを、ここに記す。

ダン・ミッチェル ドラマティックアーティスト①
(左:ダン・ミッチェル様 右:渡辺なおや)
目次

「ドラマティックアーティスト」という自己定義

ダン・ミッチェル ドラマティックアーティスト②

映画監督と呼ばれることもある。数学講師と紹介されることもある。しかし、どれか一つの名前をつけた瞬間に、こぼれ落ちるものがある。ダン・ミッチェル氏は、そのことに対して明確な言語を持っている。

ダン様

ラベリングというのは情報破壊なんですよね

わかりやすくなった代わりに、本来そこにあったものが消えてしまう花のような形をしているものに対して、それが何と呼んでいいかわからないから「丸」とラベルを貼る。

すると花びらの繊細さは消え、ただの丸になる。ダン・ミッチェル氏はそうした比喩を使って、カテゴリーで人を理解することの感性の暴力性を語った。

二項対立についても同様だ。AかBかという問いの立て方自体が、AでもBでもない無数のグラデーションを切り捨てている。それは議論のテクニックとしては有効かもしれないが、本質的には人間を二つの箱に押し込める行為であると指摘した。

「自分の中にあるシールを、わざわざ目の前のものに貼り付けなくていい。ありのままを受け取れるようになれば、恐怖も困惑もなくなる」

だからこそ、彼は自分で肩書きを作った。「ドラマティックアーティスト」。

既存の言葉では自分を表現できないなら、新しい言葉を作ればいい。それは名前のない存在に、初めてふさわしい名前を与える行為と呼べるはず。

すべての根っこにある哲学

ダン・ミッチェル ドラマティックアーティスト③

数学教育も映画制作も音楽も、ダン・ミッチェル氏にとっては同じ根から生えた枝だ。その根を一言で表すなら「哲学」だと彼は言います。

世の中のことや人間のことを深く考えて、真理を見出していく。そのスタンスが自分の骨格にある。思考はレイヤー構造になっている、というのが氏の持論だ。表面的なレイヤーでは、映画と数学は別のジャンルに見える。

しかし深層のレイヤーに潜っていけば両者は同じ原理で動いている。深く考えるとは、抽象度の高い階層に降りていくこと。そこまで到達すれば、分野という境界線は自然に消える。

ダン・ミッチェル氏は自身のことを、スペシャリストではないと語った。一つの専門分野を極めるタイプではなく、複数の分野を統合的に認知し、解釈する力に自分の強みがある。だからこそ、いろんな形で「出力」が生まれる。

数学として出力されることもあれば、映像になることもあり、音楽になることもある。

経験を重ねるごとに、認知の解像度は上がっていく。ダン・ミッチェル氏はそれを色と光の比喩で説明しました。

今まで赤色しか見えてなかった人が、突然青の世界が見えるようになる。それが認知の拡張。キャッチできる情報が増えていく。

認知レンズが増えることで、同じ風景がまったく違って見える。その変化の積み重ねが、新しい表現を可能にしていく。

数学教育という出力。Dan塾が目指す「哲人」

ダン・ミッチェル ドラマティックアーティスト④

Dan塾は、ダン・ミッチェル氏が運営するオンライン数学塾だ。だが、ここで教えているのは受験テクニックだけではない。

世の中で数学と思われていることのほとんどは、所詮は算数の延長線上にしかない。

公式を覚えて問題を解く。計算を早くこなす。世間が数学と呼んでいるものは、ダン・ミッチェル氏に言わせれば技術の話でしかない。

本来の数学とは、世の中の現象を数理モデルに落とし込み、論理的に分析していく営みだ。その原理をもっとも鮮やかに説明したのが、メソッド演技との接続だった。

メソッド演技では、キャラクターの過去(バックグラウンド)を自分の中にインストールし、その人物がその瞬間にどんな行動の目的を持っているかを考え、その場に存在する。すると、セリフのやりとりを通じて自然と感情が生まれてくる。

これはまさに微分積分と一緒。バックグラウンドは初期条件のC。その瞬間の行動の目的は、その物体にかかっている力。それを積み重ねていけば、10秒後の未来がわかる。

物体の運動予測と、人間の感情のシミュレーションは、同じ数学的構造を持っている

この洞察は、数学が単なる計算道具ではなく、人間を理解するための言語であることを示している。Dan塾の目標は、知性・感性・精神性を統合した「哲人」を世界人口10%にまで増やすこと。壮大な数字だが、氏の口調に大言壮語の気配はない。静かな確信がある。

Dan塾で学ぶと、何が変わるのか

大手の塾と何が違うのか。その問いに対して、ダン・ミッチェル氏は明確に答えました。「受かって終わりという人間にはなってほしくない。合格は通過点だと言えるような人間を育てたい」もちろん大学受験の合格は大切だ。

それを否定するつもりはない。しかし、受験勉強だけに時間を使い切るような学び方は、ダン・ミッチェル氏の理想ではない。受験勉強は当たり前のようにこなした上で、他のことにも時間を使えるくらいの人間であってほしい、と語る。

学びの過程で苦しい時間があることも、ダン・ミッチェル氏は隠さない。

この問題の答えがどうしてもわからない。考えて考えて考えて、それは苦しい。だけどそのプロセスも含めて、本気の遊びとして楽しめるような人になってほしい。

Dan塾が育てようとしているのは、受験で点を取れる人間ではなく、自分のゴールを自覚し、そこに向かって行動できるという感覚。自己効力感を持った人間だ。

その自己効力感こそが、人間の幸福度にとってもっとも重要なものだと、ダン・ミッチェル氏は考えている。「ダン・ミッチェルがやっている」ということ自体が、他の塾にはない唯一の違いだ、と氏は言い切った。それは傲慢さではない。

自分の哲学を、数学教育という形式で出力している以上、その出力物は当然ながら自分自身の色を帯びている、という事実の表明だ。

映像・音楽という出力。ドラマティックフロンティアの歩み

ダン・ミッチェル ドラマティックアーティスト⑤

ダン・ミッチェル氏が映像に関わるのは、今に始まったことではない。幼稚園のころ、ハリウッドスターになると言い放った。小学生のときにレゴムービーを撮った。灘高の文化祭では、マイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」を一人で踊り切った。

ダン様

ドラマティックアーティストとしての原体験でした

それを来場者がYouTubeにアップし、思わぬ再生数を記録する。ロンドンのサマースクールでは演劇の授業を受け、悪役として舞台に立った。表現への欲求は、常にそこにあった。だからいつか映画を撮るだろうとは思っていた

しかし映画は総合芸術だ。芝居、音楽、カメラ、照明、衣装、ヘアメイク。すべてが揃わなければ形にならない。時間がかかった。

転機は、ミュージックビデオの制作から始まった。自ら監督するつもりはなかった。しかし、予定していた監督撮影3日前に降板した。仕方ないから自分で監督するしかない、と急遽声をかけたカメラマンは映像歴20年以上のベテランだった。

ビジョンを持つダン・ミッチェルと、技術を持つカメラマン。出来上がった映像は好評を博し、そこから映像制作が本格化した。灘卒であることが、ときに普遍的な考えを持つ人から反発を招いた。

ダン様

いい学校出てて、なんで歌なんか歌ってるんだよ、とやっぱ言われてしまう

しかしダン・ミッチェル氏はぶれなかった。学歴というラベルで人の表現を封じること自体が、ダン・ミッチェルが批判するラベリングの感性の暴力性そのものだからだ。統合的な人間であることへの自覚が、その揺るぎなさを支えている。

短編映画を撮ったのは約2年前。構想から10年を寝かせた末の作品だった。知識が足りなかった時代、演出の方法がわからなかった時代を経て、認知の解像度が今なら撮れると思った瞬間に、カメラが回り始めました。

未来への出力。Dandy Asobi Clubと人類の進化

ダン・ミッチェル ドラマティックアーティスト⑥

Dandy Asobi Club。直訳すれば「ダンディな遊びのクラブ」だが、その中身は遊びからは程遠い真剣さを帯びている。本気の遊びを一本の軸にして、いろんな認知能力や技術や人間性を持った人たちが集まって、何か面白いことできないかなと。

ダン様

理念で繋がるコミュニティです

「本気の遊び」という一つのテーマに共鳴する人なら、分野も国籍も問わない。具体的な第一歩として、日本5大都市(東京、大阪、福岡、名古屋、札幌)近辺の神社で番組を収録し、映像作品として発信する計画がある。英語字幕をつければ、国境も超えられる

Dan塾の「哲人を世界人口の10%に」という目標と、Dandy Asobi Clubの構想は重なり合う。その先にある氏自身の人生の目標は人類の進化だ。

上から言っているわけじゃない。自分も含めて、人類が進化していけばいい。それは自己犠牲ではなくて、自己の拡張なんです。

自分のゴールに向かって行動し、その行動ができると自分で感じられる状態が幸福であるならば、人類全体の進化というゴールに向かうこと自体が、ダン・ミッチェル氏自身の幸福でもある。

利他と利己が矛盾しない地点に、ダン・ミッチェル氏は立っている。最近たどり着いたキーワードは「安心」だという。

未知のものを目の前にすると、人間は不安を感じて恐怖を覚える。だからこそ、安心を届けるということが、一つ今後のテーマ。認知バイアスなしにありのままを受け取れる人が増えれば、未知への恐怖は消える。

ラベルを貼らずに世界を見られる人が増えれば、すべては自然と交わっていく。それがダン・ミッチェル氏の描く未来像だ。

自由だった青年は、今も同じことをしている

ダン・ミッチェル ドラマティックアーティスト⑦

灘高校時代のことを尋ねると、ダン・ミッチェル氏は笑って答えた。「割と自分が好きなことばっかりやってましたね」制服もない。宿題も自己責任。周囲が東大や京大医学部へのレールを走る中、彼は自分のペースで好きなことに時間を使っていた。

バンド部の部長をクビになれば、学校の外の人間と交流することに目を向けた。あの頃と今で、やっていることの本質は何も変わっていない。自由な環境の中で、自分が本当に面白いと思うことを、深く考え、自分なりの形で出力する

ただ、その射程が個人から世界へ広がっただけだ。数学で未来を予測し、映画で人間を描き、音楽で感情を表現し、コミュニティで人類の進化を目指す。すべての根っこにあるのは、一つの哲学。世界を深く読み解き、ありのままに表現すること。

ダン・ミッチェル氏はこれからも、ラベルの貼れない場所を歩き続ける。

本記事は、教育関係者・保護者・塾運営者などへの取材をもとに構成した一次情報コンテンツです。
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